黄大仙霊籤 第70籤
塞翁、馬を失う
中平のくじかつての塞翁に比すべし、
馬を途中で失うも
禍福の真の事を知らず、
到底事の終始を明らかにす
原文
中国語原文
可比当年一塞翁
虽然失马半途中
不知祸福真何事
到底方明事始终
ALLUSION
典故

古人、塞翁(辺境の地の老翁)が馬を一頭失った。人が弔うと、塞翁は言った。「どうして福でないと分かろうか」。その後、馬が戻り、一頭の子馬を連れてきた。人が祝うと、塞翁は言った。「どうして禍でないと分かろうか」。塞翁の子がこの子馬に乗った時、誤って足を折った。人もまた弔った。塞翁も泰然として言った。「どうして福でないと分かろうか」。その後、秦王が城を築くことになり、村内の全ての壮丁が徴発されて築城に赴かされた。塞翁はその子が行動不便なため、徴役を免れ、命を保つことができた。これが福である。人生の禍福は、判定し難く、結局のところ初めて分かる。ただ善を行う者だけが、禍を福に転じることができる。
このおみくじを求めた者は、現下に福があるからといって喜んではならず、また現下に禍があるからといって憂えてはならない。ただ志を立てて、一途に善を行い、人に方便を施すべし。このおみくじは、暗に事柄にはなお反復があり、吉凶定め難いことを示す。人の行い次第である。悪事は好事に転化することができ、好事もまた悪事に転化するが、我々は当時の塞翁のように、暫く現実を受け入れ、禍であれ福であれ、泰然としてこれに対処し、善悪の行いは結局結果を生むものである。凡事は子細に行うことで、初めて禍事を避けることができる。
INTERPRETATION
解釈
原文
謀望を問えば、甚だ相応しくない
妊娠と病気は、祈るべし
養蚕と家畜は、慎むべし
行く人は未だ至らず
財もまた微々たるもの
婚姻を問えば、議する必要無し
家宅の安否は、時を定め難い
風水を問えば、興廃は時に随って転ず
遺失を問えば、得失は安命すべし
自身を問えば、善を行えば多く平安
天時を問えば、豊凶未だ定め難し
出行を問えば、善を修めれば只管行くべし
諸事のしるし
FAQ
よくある質問
黄大仙第70籤「塞翁、馬を失う」はどういう意味ですか。+
まず解釈として読むなら、要点は「古人、塞翁(辺境の地の老翁)が馬を一頭失った。 人が弔うと、塞翁は言った。 「どうして福でないと分かろうか」。 その後、馬が戻り、子馬を一頭連れてきた。 人が祝うと、塞翁は言った」です。さらに典故まで含めると、この籤は吉凶の字面だけでなく、人物、状況、時機の流れに戻して読むべきものだと分かります。典故の側から見ると、古人、塞翁(辺境の地の老翁)が馬を一頭失った。 人が弔うと、塞翁は言った。 「どうして福でないと分かろうか」。 その後、馬が戻り、一頭の子馬を連れてきた。 人が祝うと、塞翁は言った。 「どうして禍でないと分かろうか」。
黄大仙第70籤は吉寄りの籤ですか。+
この籤の等級は「中平のくじ」です。等級は入口として役立ちますが、読みの中心は古人、塞翁(辺境の地の老翁)が馬を一頭失った。 人が弔うと、塞翁は言った。 「どうして福でないと分かろうか」。 その後、馬が戻り、子馬を一頭連れてきた。 人が祝うと、塞翁は言ったにあります。つまり、良し悪しの札として見るより、いまの問いをどう読むかの指針として使うのが自然です。
黄大仙第70籤は仕事や進め方をどう見ますか。+
この籤の諸事のしるしでは、謀事は「現状を保持し、時期は未だ熟せず」、事業は「時期未だ至らず、事業は理想の如くならず」です。案件を進めるべきか、転機をどう見るか、仕事の流れをどう読むかという問いなら、この二つが最も実用的な手がかりになります。
黄大仙第70籤は金運や取引、時機をどう示しますか。+
金運は「財運微なり、強いて求むべからず」、取引や商いは「取引や時機の問いに重ねて読むのが自然です」です。収益、契約、交渉、提携、動く時期などを見たいときは、この二つのしるしを先に押さえると、この籤の白話的な意味がかなり見えやすくなります。
黄大仙第70籤は恋愛や縁談をどう読みますか。+
関係面では、姻縁は「縁談のことは結局結果に至らず」、家宅や関係の空気感は「家族の平安か否かは未だ結論を下せず。多く善を行い」です。恋愛、結婚、距離感、関係を続けるべきかどうかを考えているなら、まずこの二つのしるしを軸に読むのが自然です。
黄大仙第70籤を読んだ後、次に何をすればいいですか。+
籤詩、典故、諸事のしるしを、同じ問いに対する一つの答えとして合わせて読むのがいちばん有効です。まず何を知りたいのかを明確にし、その上で進むべきか、待つべきか、余地を残すべきかを見ます。必要なら、そのまま同じ問いを参天AIで深掘りしてください。